2010年08月26日

パルマその2 ミシュランの実力

イタリアには信頼されている料理店を紹介するガイドブックがたくさんあるが僕がいつも参考にしてしまうのは2つ、それはミシュランと、いまだかって一つとしてはずれの無い本、「オステリアガイド」である。本の値段は確かに高めであるが、その元を取ってなお余りある活躍度合いだ。この本の大きな特徴は「アンティパスト、プリモ、セコンド、ドルチェまで食べて35ユーロ以内(ワイは入れない)が大原則で、もしこの規定に引っ掛かり高くなってしまったりしておると、毎年出版元のスローフード協会の覆面視察に基づきリストから外される、それはそれは厳しいとこのを超えてきているのである。その2冊両方に載っている店、それが「アル・トゥリブナーレ」である。

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2010年08月23日

食の宝庫・パルマ編 その1 音大生時代の思い出

パルマのコンセルヴァトーリオ(国立音楽大学)に通っていたころ、実は一番楽しみにしていたのがトラットリアに通うことだった。贅沢であると思う事なかれ、当時プリモが4000リラ’(約200円)セコンドが9000リラ(450円)付け合わせなどは2000リラ(100円)の店が大学の近くにあったのだ。それがここ、イ・コッリエーリ。わが青春の学生食堂である。

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2010年08月20日

ピッツェリア「マンマ」移転

8月まっ最中はいつも行きつけの店、グロッティーノが長期休暇に入るので行く場所に悩んでしまう。そんなときの抑えの店、それがピッツェリア「マンマ」だ。

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2010年08月17日

モデナの食事 第3日 お惣菜屋さんなのに・・・

昨日、おとといと美味しいトラットリアを紹介してきたが、今日は少しおなかを休めライトな話をしよう。モデナには教会の十字架のように主要な道が2本伸びている。というか、2本しか主要な道はないと言い換えた方が早いかもしれないが、まず町を横に分断する「ヴィア・エミリア」エミリア・ロマーニャ地方のまさに生命線である。それに対し垂直に伸びる短い道、ここが以前は宮殿、現在は士官学校(アッカデミア・ミリターレ)のある「ヴィア・ファリーナ」がある、そのアッカデミア側の入り口に。僕らがアペリティブを頂く店、「ヂュスティ」がある。(「ジュスティ」と表記すべきであろうが、イタリア人は「ヂ」と「ジ」の発音が厳密なのでそれに今は准じてみた。)

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2010年08月16日

カフェコンチェルトとは一体?

モデナの町のど真ん中に「ピアッツァ・グランデ」という広場がある。「大きな広場」という意味だが、その名に違えて縦5軒、横4軒の店分の大きさのスクエアであるが、そこに5年ほっど前から昼ごはんの新名所ができた。その名も「カフェ・コンチェルト」

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2010年08月15日

モデナ・ピッツェリア「グロッティーノ」の実力

久しぶりにイタリアに帰ってきた!噴火の影響で日本から一歩も出られぬまま10か月が過ぎてしまった。帰伊してまず向かう先はモデナなら気軽に3ヵ所である。うちの一つ、、ピッツェリア「グロッティーノ」は、もはや我が家の台所と化しているような優良店である。

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2010年07月09日

武満徹の世界

今後のいくつかの公演で、武満徹の歌曲集「SONGS」に取り組んでゆきます。八ヶ岳や駒ヶ根、軽井沢では必ず取り上げます。作曲家の野平一郎・多美さんの編曲した宝石の数々を歌わせていただく機会にめぐり逢えた事は本当にし幸せです。練習が進むたび、歌詞を読み進むたびに日本と西洋の融合を身体の芯から感じます。おしゃれな旋律、心を揺さぶり印象的に残るメロディーライン、そしてご自身の作を含めた詩の美しさ。いつも「小さな空」を歌わせていただいていますがその世界の地平が広く広がっている感じです。時間をかけて全作を発表させていただくつもりでおります。どうぞ期待ください!

2010年06月29日

ご無沙汰してました

自分がブログを書いていたことを忘れていたか、と思うほどご無沙汰しておりました。元気でやっています。宝塚ベガ音楽コンクールの審査員のため兵庫に出かけてきました。委員会が実に細やかな運営をして暖かい雰囲気のいっぱいのコンクールでした。こういうコンクールがもっと増えるといいですね。コンクールは若手の歌い手にとってスタートであり世間との窓口であり、勉強の場ですから、もっともっと盛り立てて本当に良い時間になるよう双方ががんばれるような機会になるべきだと思います。僕も演奏を聴きながらいろいろな事を研究する事ができました。教えることとは習うことなのですね。

2010年04月02日

いわしとバカリャオ

紀尾井のコンサートも近いので毎日練習モードに入っている。今回は思い出の曲を引っ張り出してきたので準備にも特に気合が入る。練習の後無性にポルトゲーゼを食したくなり麻布十番「ア・タスカ」へ。ここは本物のポルトガル料理が食べられる。数年前にリスボンに行った時、いわしの丸焼きが美味しくて目を見張ったものだった。ここでももちろんそのいわしと、バカリャオ(塩漬けタラ)のいもコロッケを頂く。塩が特別のものを使っているのか香ばしく、甘い。このいわしの匂いは日本の食卓に必ず溢れていたにおいだったが今は少ないね。猫のように頭からかぶりついてしまった。コロッケはタラの身をほぐして混ぜ込んである。これが極めて旨い。イタリアでは「バカラを使いこなせれば一人前」と言われるが、塩の抜き加減が難しい。抜きすぎてもだめだし、しょっぱいのはもっといけない。今日のは最上だった。店のリカルドとカルチョ談義に花を咲かせ、心地よい春の午後を過ごす事ができた。

2010年03月09日

人生いろいろ

次の公演は木更津でニューフィル千葉との公演、飯森さんと久しぶりの共演なので気分的に盛り上がっている。ふと自分の人生を振り返った時、もう45歳を迎えていることを改めて思う。果たして僕はこの45年間、歌い手を志してから少なくても15年の間何をやってきたのか?人に勇気を与える歌、生きる喜びを感じてもらう機会、涙を流すカタルシス。さて僕は社会にどんな役に立っているのであろうか。そう思うこと自体おこがましいのであろうか。目の前に自分で課題を考え、それをひとつずつクリアーしてゆく、その繰り返しはルーティンワークになってはいまいか?この世に生きている人間と生かされている人間がいるのだとしたら僕はどちらなんだろう。出口の見つけにくい命題を思いながらもともかく毎日を悔いの無い様に生きてみることが肝心と気がつく。信長の時代なら後5年、僕はいったいなにが残せるのだろうか?